自己ベストは、74.08メートル(日本歴代3位)です。
世界陸上日本代表、アジア大会で銀メダル獲得、東アジア大会で金メダル獲得と、誰もが認める世界的アスリートの土井さんは、本学で職員として勤務されています。そんな土井さんに競技のこと、食事のこだわり等、インタビューをしてその内容をまとめました。
土井さんがハンマー投げを始めたっきっかけは「遊び」の延長なんだそうです。友達のお兄さんに誘われて、「一緒にハンマー投げよう!」と言われたのが始まりで、実際にその時に面白さを感じたのだそうです。それまでにも野球、砲丸投げ、円盤投げ等、とにかく”投げる”スポーツをしていた土井さんですが、ハンマー投げに出会うまでは、各競技で秀でた才能を認められていた選手でもなかったそうです。そんな中、遊びで始まったハンマー投げを本気で取り組むようになり、「一番になりたい!」という野望を抱きはじめたのだとか。学生で一番になりたい→日本一になりたい→世界が見えてきた!と、一番になりたい目標がどんどんレベルアップしていったそうです。同時期には、現スポーツ庁長官の室伏広治さんが同じ競技の選手としてもいらしたので、この競技で日本一を目指すことは、それすなわち世界一を目指すことだったそうです。国内大会の壁が非常に高い中、土井さん自身もいつか日本で一番になれたらいいなと思いながら競技生活を続けていたそうです。写真は、2010年の広州アジア大会で3位となった土井さんです。
現役時代のアスリートとしての体つくりに関する質問をしました。まずはトレーニングに関する内容です。筋トレは基本的には高負荷で回数(セット数)の多いピークパワーを狙ったトレーニングをしていたそうです。ハンマー投げに重要なトレーニング部位は、”背中”だそうです。とはいえ、下肢に力が連動するようにクリーン、デッドリフト、スクワットなどの下肢筋力を強化するトレーニングも重要な項目として挙げておられました。ハンマー投げの基礎は、地面からの反力をハンマーをより遠くに飛ばす力に変える運動として、下肢筋力が重要であることがこのトレーニングを重要視する背景にあるようです。
そういった体づくりも重要な競技だからこそ、投擲競技に重要な食生活に関する質問も実施しました。
土井さんの現役時代の食事のモットーは「食べたいものを食べる」ということだそうです。
とはいえ、1食に”たんぱく質”は必ず入れるように意識していたそうです。
また、補食や体重コントロールの面で意識していたこともお聞きしました。
試合前に補食として必ずこれを取らなければならないというルーティーンは作っておらず、その時必要と思われる最低限の物を食べていたそうです。食事に対する考え方も体重を意識して食べなければ!という感覚で食事を摂取していたということではなく、自身の競技活動に支障のない十分量の食事をしていたそうです。ハンマー投げは、体重が重いほど有利なスポーツだと思われがちですが、パフォーマンスをするにあたって過剰摂取していると体が動きづらい(重さを感じる)時があり、そういう時は食事量を落として調節したりしていた事実もあるそうです。
一方で体づくりには単に食事を必要量摂取することだけでなく、休養も重要な要素です。そこで、休養に対する考え方も質問してみました。
土井さんの休養に対する考えは、「休養はもちろんすごい重要だ」ということでした。だからこそ「基本的には何もしない時を作る」ことが重要だそうです。何もしない→レストの日は基本的に完全休養する(余計なことは一切しない)ということです。トレーニングする日はトレーニングで追い込み、休むときは休む、そういったメリハリが重要であり、そういうサイクルでやり続けることが大切な競技なんだそうです。理論的には練習はある程度休む期間をしっかり作って体を回復させてから、また負荷をかけてトレーニングを再開するというのが望ましいとされていると思いますが、ハンマー投げ(技術系種目)は、神経をどういう風に使っていけるか、とにもかくにも反復が大切だとのことです。最大限の力を出すことも神経に覚えてもらう反復トレーニングが重要なんだそうです。
ハンマー投げはもともとは個人の力比べをするための競技であり、当然「力」が重要な競技です。とはいえ、トップ選手はみんな力があり、拮抗している状況だからこそ、次に必要な要素が「技術」なんだそうです。力が強い者同士がハンマーをより遠くに飛ばすためには、他の人より工夫をして遠くに投げる方法を考えねばならず、それをするために必要なのがハンマーを飛ばす技術だとお考えなのだとか。ハンマー投げに限らずこれはどのスポーツでも同じようにいえることかもしれませんが、ある一定の競技力をつけるまでに重要なのは、基礎となる「体つくり」であり、トップアスリートになるとその競り合いに重要になってくるのは、各競技に応じた「技術」であるということです。つまり、鍛えあげた体で最大限発揮できる技術を身に着けてそれを競技会場で数回の投擲の中で発揮できるように練習をしていくことが重要だということです。また、技術を習得するのに大切なのは、基本「閃き(ひらめき)」だそうです。もちろんハンマーを投げる基礎動作を習得することがまず最初ですが、基礎動作を習得し終えた時にさらに記録を伸ばすために体をコントロールする方法(ここでこういうふうに動きを変えたら効率良くハンマーに力が加わり記録が伸びるのではないか?という自身の体の使い方に対する閃き(気づき)を繰り返し練習をして得ていくことが重要ということです。この閃きを経て、うまいトップアスリートたちは、競技記録のパフォーマンスに波が無くてコンディションが悪くても、調子が悪いなりに体をどういう風に使い、動かせばよいかまで把握しているといいます。だからこそ、理論的に体づくりのためだけに練習をするのでなく、疲労が溜まった状態でトレーニングをすることも大切!ということのようです。
競技生活の中で一番最高だった瞬間は、「常に自己ベストを更新した時」なんだそうです。他者と比較するよりも自分の限界を突破できた証でもあるので自己記録更新の瞬間は、この喜びは代えがたいものがあり、日々のトレーニングの苦労が報われる、一瞬だけど重要なできごとなのだそうです。そんな土井さんは、引退した2016年に自己ベストを出しており、選手として最高な時に引退をされました。引退を決意されたきっかけは、本気で自身のトレーニングをできておらず、競技への姿勢が後ろ向きになってしまったそうです。実は、トレーニングを2012年からできていない状態が続き、そこから4,5年くらい惰性で競技を続けていたそうです。そういう積み重ねでやはり、体力的に第一線で活躍できなくなることを実感するとともに、どうしても学生たちの練習を見る立場になり、自分が一緒に練習をできる環境ではない状況になったため、指導者への道に切り替えたそうです。指導者としても世界で活躍できるであろう後進がでてくる気配もあるそうです。なんと、土井さんは、現役時代に室伏広治さんとともに切磋琢磨するハイレベルな時代にご活躍されただけあってご自身の中では競技成績を評価できていないそうです。数字的に見れば日本の歴代3位だけれども、結局目標としていた一番にはなれなかったということが背景にあるそうです。陸上競技って誰よりも速く走りたいとか、高く飛びたいとか、遠くへ飛びたい、遠くに投げたいとかそういう競技なので、そういう意味ではその時代に一番になれなかったことが悔いに残っているそうです。トップアスリートだからこそ見えている栄冠に手をかけることができなかったことが悔しいのだと思います。この悔いは、指導する後進たちが晴らしてくれると信じたいですね。
以上が学生が土井宏昭さんにインタビューした内容です。
トップアスリートだからこそ、教科書に載っていない体づくりのこだわり、であったりトレーニング法へのこだわりを教えて頂けたのかなと貴重な内容になりました。
特に興味深かったのは、「トップアスリートだからこそ増量がメインになりがちのハンマー投げ競技生活でパフォーマンス向上の為に減量コントロールしたこともある」というエピソードです。当然、大学生を含む成長期の投擲アスリートは体を大きくしたいです、増量したいですという希望を持つ学生と多く出会います。体がある程度できてきて、かつ基本動作を覚えてきたトップアスリートにとって自分の体をコントロールしやすい更なるレベルアップした体づくり(食生活改善)が必要ということに改めて気づかされたエピソードでした。
今、高校や大学で活躍するアスリートの皆さんは、まずは基本的な食生活をベースに健康とパフォーマンスのためになる体づくりをしっかりとしていくことになりますが、その先にはご自身の体をより高みにもっていくための食生活(体重)のコントロール方法を今のうちに知っておくべきであるということです。単に食事や栄養学を学ぶだけでなく、スポーツ健康科学やトレーニング法についても理論や実践を通して学ぶことが次世代のトップアスリートには重要な学びだと思います。
引用サイト:https://www.asahi.com/sports/gallery/asian_games2010/20101122_20.html